システムの意味することが全体であるとすれば、システムの起源について語ることは非常に難しいことになります。

 

ただ、我々が全体だと思っているもの、我々が全体であると感じているものの外側にさらに大きなシステムが存在する可能性が高い。

 

何もないところから、何かが生まれるということはあり得ないためです。

 

いや、何も無いところから発生することはある。

 

そういう意見を言う人もいるかと思います。

 

ただ、このシステムというものを語る上では、そのようなことはありえません。

 

なぜなら、何もないところから発生するということすらも、システムの中での話なのです。

 

システムという観点で見れば、何もないということすらあり得ないのです。

 

それでは、我々が通常これが「システム」だと言っているシステムについてはどうでしょうか。

 

我々が日常的に使用する言葉の「システム」の起源は、我々の思考の一部が自動化されたり、明確な仕組み化されたりすることが実現した場合に、我々の思考のサブシステムであるため、これらを独立して評価することが可能な状態をもって、このサブシステムを「システム」と呼び始めているのです。

 

このように呼び始めている人自身が、気が付いていなくても、システムとして周囲にも自然と認知されていきます。

 

つまり、あらゆることに関してシステム化は可能となります。

 

システムが全体であるとすれば、そのサブシステムを日常の我々は「システム」と呼ぶので、日常すべてがシステム化可能なのです。

 

実はこの日常のシステム化は、知恵のある人ほど、自ら実践していることです。

 

それは習慣として顔を出す場合もありますが、その人の日常がしっかりと明確さを持って生活できているかという点においても、はっきりと表れてくるものです。

 

日常行動をシステム化することによって、行動の形態を独立することによって、変わることのない利益を享受し続けることが可能となることに気づき始めます。

 

これは、人間の作り出すあらゆるシステムに共通することなのです。

 

個人の生活の観点では、なかなか実践していなくても、社会という大きな括りでその活動を見た場合においては、このシステムというものを構築している場合が非常に多いのです。